大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)68号 判決

東京都府中市浅間町三丁目一七番一号

上告人

渡辺忠三

東京都府中市分梅町一丁目三一番

被上告人

武蔵府中税務署長

岩間次男

被上告人

右代表者法務大臣

古井喜実

右両名指定代理人

岩田栄一

右当事者間の東京高等裁判所昭和五二年(行コ)第七三号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和五三年三月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、原審が本件更正処分等の取消を求める訴を不適法としたのに対し、単に右更正処分等が違法である旨の本案に関する自己の主張を反復してその不当をいうものか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山享 裁判官 中村治朗)

(昭和五三年(行ツ)第六八号 上告人 渡邊忠三)

上告人の上告理由

一、原判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

すなわち、

1 『原判決の「事実」において当事者双方の主張並びに証拠の関係は原判決(第一審)事実摘示のとおりであるからこれを引用する』とあるがそこに事実の誤認があるので以下その和解に至るまでの経緯について述べる。

2 昭和四十二年五月二十六日付を以て地主(細野英二)は借地人(渡辺忠三)に対し東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第五三六一号建物収去土地明渡請求事件を提起した、この訴訟の請求原因を要約すれば昭和三十九年六月初頃借地人(渡辺忠三)は地主(細野英二)に無断で借地の一角を切崩したので昭和三十九年六月十八日内容証明郵便にて一〇日以内に原状に復させるよう催告したが借地人はこれに応じなかったので同年七月六日付内容証明郵便にて催告期間内に催告に応じなかつたことを理由として借地人に対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の通知を発した同郵便物は七月八日に借地人に到着したので本件賃貸借契約は七月八日限り解除せられたものである。……

3 右第一審については借地人(渡辺忠三)の勝訴となった。

4 これに対し地主はこの判決を全部不服として控訴した。(東京高等裁判所昭和四四年(ネ)第二一八三号)

5 右控訴審においては借地人(渡辺忠三)の所有する家屋を収去して他に住居を求める代償を地主が借地人に対して支払うならばということで和解が成立した(昭和四十四年(ネ)第二一八三号東京高等裁判所昭和四十七年一月二十五日和解成立

6 従つて地主としても控訴しているのであるから借地権を認めている訳でもなし、借地人(渡辺忠三)としても戦前から借りている土地であり、しかも何等の権利金も支払つていない単なる賃貸借契約であるので借地権の対価を要求する意思もなかつたし又地主としてもそれを支払う意思はない、地主としては建物滅失の損害及び収去費用として金五、〇〇〇万円支払うから建物を収去して土地を明渡してくれということであつたので本和解条項の一において地主と借地人が合意で賃貸借契約を解除したのである、本件借地権の代価という点については地主側は支払う意思がないから控訴したのであり、又借地人としても居住権の侵害が補償されるならば建物を取り毀して移転する積りであつた。

以上をもつてしても金五、〇〇〇万円には借地権の代価は含まれていないことが明らかである。

二、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用に誤りがある。

すなわち、

(1) 武蔵府中税務署は本件取得五、〇〇〇万円を改正前の租税特別措置法第三十一条の二(長期譲渡所得の概算取得控除)の規定により算出しているが全く事実に反する。

同法第三十一条の二は「個人が昭和二十七年十二月三十一日以前から引続き所有していた土地等又は建物等を譲渡し」た場合の規定であつて本件においては借地人(渡辺忠三)は

1 土地については昭和十八年から借地していたが所有していなかつた。

2 建物は十八年当時の建物は戦災で焼失し昭和二十一年応急バラツクを建てて住んでおり本建築は昭和四十一年五月に完成登記されたもので(東京地方裁判所昭和四十二年(ワ)第五三六一号建物収去土地明渡請求事件原告提出甲第二号証参照)従つて同法第三十一条の二を本件に適用することは誤りである。

(2) 武蔵府中税務署は本件上告人の所有していた建物の滅失の損害については何等見ていない、この建物は譲渡したのではなく上告人によつて取毀したのであり、その収去費用と建物滅失の損害賠償として五、〇〇〇万円(実質四、九五〇万円)を受取つたのである。

この点についても武蔵府中税務署の誤認がある。

(3) 第一審判決の理由において武蔵府中税務署主張の不服申立期間の徒過を認めて判決しており第二審(控訴審)においても同様である。

しかし上告人の争つているのは「前記五、〇〇〇万円は借地権の長期譲渡所得ではない」ということを争つているのである、従つて武蔵府中税務署が長期譲渡所得の基因とした金五、〇〇〇万円について事実上の誤認があることを主張する。

(4) 又不服申立期間の徒過は税務署員の説得によつて第一次不服申立を取下げたことに基因があるがこれは再更正を受けるための手段であつて他意はない。

(5) 再更正では原告に利益な処分であるから本件再更正処分の取消を求める訴は訴の利益を欠き不適法である(第一審判決理由一の3)としているが原告(渡辺忠三)の争つているのは長期譲渡所得ではなく損害賠償等であるとの考え方であるから訴の利益を欠くものでない、従つてこの理由により原告の訴を却下するのは不当である。

三、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則の違反がある。

すなわち、

1 控訴審において口頭弁論一回僅か五分間で結審して判決されたのであるが控訴人の主張を十分に聞いた上で結審されるべきであると考える。

2 本件借地については最初月額一九二円から漸次増額されて最終月額一、七二八円の地代であつた。

本借地は昭和十八年頃当代地主の先先代の時に口頭契約で借りたものであり当時は借地権なるものが財産権として有価的なものではなくその借地上に建物を所有する目的で賃借したものであつて建物が滅失してしまえば借地権は当然消滅するものである。

しかるに武蔵府中税務署は借地権消滅の対価として金五、〇〇〇万円を借地人が受領したのであるから「本件金員は借地権消滅の対価と認められ借地権は譲渡所得の基因となる資産に当るのでその譲渡に係る所得は譲渡所得である」と詭弁を弄している。(法務省昭和五一年十一月十七日付提出書面(一)二参照)

3 借地人が受領した金員は借地人の所有する家を取毀する費用と家失失つたことに対する損害の賠償等として受けたものであつて借地権譲渡の対価ではない。

もしこの家が焼失して了つたら借地権は当然消滅する約束なので借地権の対価はない。

又借地代最終月額一、七二八円として計算しても金五、〇〇〇万円は約二四〇年分の地代に相当することになる、これによつても不合理である。

又控訴審の和解において借地権を有価的なものとして金五、〇〇〇万円を決定したものであれば借地権として何円家屋滅失の賠償として何円収去費用として何円合計五、〇〇〇万円と明記すべきである。

4 地主と借地人が土地の賃貸に関し公序良俗に反しない限りいかなる契約も自由であり又双方合意によつて解除することも自由である、この解除によつて借地は消滅するのであつて、そこに何等の対価はないと双方が確認するのも自由である。

残る問題はその土地の上に所有する借地人の家屋(住宅)を収去しなければ地主にその土地を明渡されないので、その代償(取毀費用家屋滅失の損害金等)として金五、〇〇〇万円を借地人が受領したのが事実である。

5 昭和五十二年一月二十七日付武蔵府中税務署長の提出した準備書面(三)において譲渡費用を過大に申告したことになつているが費用に対する領収書がとつてないために過大となつたので実際において費用が余つたわけでなく終には足らなくなつたことは土地明渡時において未撤去部分の取片附費用として金五、〇〇〇万円の中から金五〇万円を控除して実質四、九五〇万円を受領した事実に宝しても明らかである。

6 又当時は経済成長のピーク時であり方南町より府中市までの甲州街道の交通も容易でなく一日二回しか輸送も出来なかった時代である。

したがって前項同書面別表の過大額中には

庭木堀上げ荷造り積込却下植付費用

庭石撤去積込み却下据付費用

家屋解体、釘抜き結束運搬のための積込み却下集積費用

等が計上されるべきであるが支払の受領書がないために計上出来なかつたまでのことである。

四、要するに借地契約を解除し「家屋収去土地明渡請求事件」の控訴審における和解で借地権を譲渡しないのに譲渡したものとして長期譲渡所得として課税することは違法であるから取消すべきである。

以上いずれの点よりするも原判決は違法又は不合理であり破棄さるべきものであつて更に相当の裁判を求める。

以上

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